「ルカによる福音書」の1章26節以下に、天使ガブリエルがマリアの前に現れ、イエスの誕生について予告する場面があります。
「おめでとう、恵まれた方。」突然の挨拶に戸惑うマリアに、ガブリエルは「身ごもって男の子を産む」ことを告げます。マリアは意味が分からず、「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたくしは男の人を知りませんのに」と問いかけますが、聖霊によって(つまり神の力によって)身ごもったことを説明され「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」と、謙虚にお告げを受け入れます。
典礼において信仰を表明する文章のなかに「主はわれわれ人類のため、またわれわれの救いのために天から下り、聖霊によって処女マリアから肉体を受けて人となり…」とあるように、この受胎告知の場面は、「受肉」や「三位一体」など、カトリックの教義?信仰とも根本的に関わります。そのため、キリスト教美術の展開とともに、教義の視覚的な説明として、写本や教会の壁やステンドグラスに数多く描かれてきました。
天使の出現に対する驚き、お告げへの戸惑い、そして服従。マリアの微妙な心の動きが画家の創作意欲をかき立てたこともあり、とりわけルネサンスの時代には、フラ?アンジェリコ、フィリッポ?リッピ、ボッティチェッリなどが何点もの作品を残しました。フィレンツェやローマに限らず、欧米の美術館やカトリック教会を訪れればごく普通に見ることのできるモチーフです。
(キリスト教文化研究所 渡辺 浩)