第8回 「無原罪の御宿り」:スペインの聖母マリア

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第8回 「無原罪の御宿り」:スペインの聖母マリア

17世紀バロックの巨匠バルトロメ?エステバン?ムリーリョ(1617-1682)は、60余年に亘る生涯の中で、幾度となくイエスの母マリアを主題にした作品を描いています。スペイン南部の都市セビリアを中心に画家として圧倒的な人気を獲得しつつも、彼の実生活は晩年に向かうにつれて不幸を帯びていきます。

セビリアにペストが流行した1649年、この街は地獄絵図の装いを呈していました。当時の市の記録は、朝方の街の通りに何百もの死体が積み重なっていたことを報告しています。そうした状況下にあって、ムリーリョも自分の子供を次々とペスト等で亡くし、その数年後には生涯唯一の伴侶であったベアトリスも失ってしまうのです。本作「無原罪の御宿り-アランフェス-」は、ムリーリョがそうした絶望と孤独の最中で筆をとった晩年の大作です。

ところで、ムリーリョが生きた17世紀のスペインにおいて、イエスの母マリアは当時の宗教画家たちが好んで描く画題のひとつでした。元々マリア信仰の根強いスペインには、マリアを巡る数多くの伝説が残っています。古く1世紀には、使徒ヤコブがスペインでマリアに出会い、この地に教会を作るように命じられたと言われています。また、イスラムからの国土回復運動の折には、褐色のマリアが現われ、スペインの勝利とグラナダの陥落を約束したとも言われています。このように、スペインの人々にとって、聖母マリアは常に自分たちと共にあり、自分たちを導いてくれる頼もしい存在であり続けたのでしょう。

愛する人々を次々と亡くし、ただ一人生きる晩年の境遇にあって、ムリーリョはマリアを画題として選びます。そうした背景には、スペイン人としての彼の心性があるのかもしれません。ムリーリョの描いた聖母マリアは、彼が受けた多くの苦しみとは無縁の柔らかな微笑を我々に投げかけています。


(キリスト教文化研究所 松村 良祐)

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